栗城史多さんについて想うこと

どもっ!こんにちは。

前回に続き登山家の栗城史多さんのことについて書きたいと思います。

 

彼が亡くなって以来、どうも気持ちがすっきりしないというか、モヤモヤして常に彼の事が気にかかってしまい、書かずにはいられません。

会ったこともなく、テレビで見ただけですが、それでも彼の活動を知ってから10年ほどが経っており、35歳という若さで亡くなってしまった喪失感とでもいうのでしょうか。。。うーーん、残念でなりません。

 

栗城さんをネットで調べると結構アンチな書き込みも多いと思うのです。

専門家からは「3.5流の登山家」、「エベレスト挑戦は実力が伴っておらず無謀」と言われたり、2チャンネルでは「登山家ではなく下山家」などと揶揄されていたりしたようです。

 

自分なりにこの様な記事も一通り読みましたが、栗城さんを好きな気持ちは揺るがないです。とにかく彼は有名な登山家でしたから、その分アンチも多くて当たり前だろうなと思います。彼は私の様な一般人にも分かりやすい形でチャレンジを発信し続けてくれた人だと思っています。

彼がメディアに露出し始めたことは、私も家庭のゴタゴタ続きで落ち込んでいた時期だったので、彼の活動を知り少し勇気をもらえたと思っています。

 

登山の専門家の中には講演会活動に勤しむ彼の姿をみて、疑問を呈する方もいたそうです。実際エベレスト登頂では何度も敗退しており、彼の実力に疑問符が付くこともありました。でも私はそれでも良かったと思っています。これは素人の意見ですが、彼の登山家としての実力は多分トッププロではなく2軍選手のようなものだったのでしょう。

恐らく彼自身もそのことは自覚しており、それゆえに何度も継続して活動し続けることが重要と考えていたのでしょう。彼は「登頂には執着しない」という発言をしていましたが、自分の実力から考えて無理して挑戦しても容易には到達できないという思いがあったのでしょう。それでも何度もチャレンジするうちチャンスが巡ってくるという思いで活動を継続していたのだと思います。10年・20年と継続するうち、自分の体調や自然環境に恵まれた千載一遇のチャンスが巡ってくる!そういう思いが彼の中にはあったのではないでしょうか。

 

うーーん。書いていると話が止まりません。

長くなってきたので今日はこの辺で一度切ります。

気が向いたら明日続きを書きますね。